若専親父のエロエロ人生・思い出話

不細工な容姿のくせに若い男に目が無いオヤジです。いつの間にかゲイ歴約30年。これまでの体験談や思ったことを徒然なるまま、赤裸々に書いていきたい。同じような趣味趣向の同朋の方々、年齢不問で同時代を生きてきた方々、是非コメントの書き込みをお願いします。互いに思い出をシェアできると嬉しいです。

カテゴリ: 独り言

誰にだって秘密はある。友人達とシェアする秘密もあれば、他人には絶対に言えない自分だけの秘密もある。性の営みについては、自分だけ、あるいは相手とだけしか知り得ない場合がほとんどだ。それでも、心の中までは読み取れないので、心から愛し合ってる間柄でも本当は何を考えてたのかはわからない。悪い方向に突き進めば人間不信になってしまいそうだが、秘密は秘密なのだが不特定の相手になら話をしたいという欲求があるのも確かだと思う。

ネットが普及して、そういう願望を叶える環境は整っている。このブログを始めたのも、匿名性が確保され、不特定多数が見られる状態なら「俺の秘密を話したい」という欲求からなのだ。昔の事は記憶の中でデフォルメされてしまってる場合もあるが、大部分は自分しか知らない感情であり経験だ。もちろん、多少の妄想が入っていることも否定は出来ないが。

同じような気持ちでブログを書いたり、会うことを前提とせずにゲイ系サイトの会員になってる人も居ると思う。少なくとも、俺はそういう人を2人だけ知っていて、意気投合?してメッセージの交換を時々やっている。20代のT君は、カミングアウトする気は全く無いが、匿名性が保たれてれば自分がゲイであること、ゲイとしての経験を誰かに話したいと言っていた。もう一人も同じような感じだ。誰にも言えない悩みもあって、それを紛らし、自分の道を探る上でもネットは有効なのだろう。言うならば、Twitterなどもそれに近い。

その二人とは某海外系出会いサイトで知り合った。もちろん、会ったことも無ければ電話で話したこともメールを直接交換したことも無い。サイト上のメッセージ機能を使って近況などをやり取りするだけの関係だ。二人の他に、同じサイトで海外の人ともやり取りをしてる。その子達、多分自分自身と思われる写真を公開しているので、探そうと思えば素性を知ることはできるかもしれない。でも、それは本来の趣旨とは異なるので探すことはしない。彼らもそれを承知しているから俺に色々と話をしてくれてるのだ。

実は、一人は東京在住でニアミスしたことがある。互いの顔は写真を見て知ってるので、神社近くのお茶屋で一緒になったときに、もしかしたら・・・と思った。何度が目が合ったような気もする。後日、彼に確認すると本人だったことがわかった。もちろん、言葉も何も交わしてない。また会いたい気持ちが無かったというと嘘になる。だけど、ネット上の知り合いを現実のものにすることへの抵抗感の方が大きかったかな。彼も少し葛藤があったらしい。匿名だから生々しい話も色々としてきたのであって、実際に会うとなれば恥ずかしい感情が強く出てしまう。それは俺も同じ。今でもネット上で付き合いが出来てることに感謝している。

自分の経験談を話し、そして彼らもあからさまな感情と経験を話してくれる。俺からすると、そういう話を聞くだけで興奮材料となりメリットは非常に大きい 😅。プロフィールが正しいという保証は何も無い。俺の心の中で、その子達は生きている。海外系サイトということもあり、その子達はいわゆる「外専」なのかもしれない。もちろん、日本の発展場に行った経験なども話してくれるが、東南アジアやアメリカでの経験談も多い。

その子達がこのブログを見る可能性はゼロでは無いが、二人には既に話したことも書いてるので、たとえブログを読まれても困ることは無い・・・と思っている。どちらも20代半ばで、メッセージの交換を始めてから2年以上になる。見せてくれた写真とプロフからすると、俺好みのスリム体型で可愛らしい顔をしている。しかも年上好きなので、親子ほども年が離れたこんな親父でも相手してくれてて有り難い 😅。どちらもイニシャルは「T」。TS君とTM君だ。

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セックスは、子孫を残すために神様が与えてくれた究極の快楽じゃないかと思うことがある。子供の頃、いつしか自然に自射行為を覚え、それを繰り返すことで生殖能力が発達し性的に成長していく。射精時のあの快感を求めてセックスをしたいと思うわけで、ある意味、一度経験したら止められない麻薬のようなものじゃないかな。人間の体は本能的にセックスの快感を求めるようにできている。子作り目的では無く、愛と快楽のためだけにセックスする動物は人間だけなのかもしれない。

男女が交わり子孫が生まれる。ごく自然なことだが、同性愛者の場合は異なる。生物学的に同性同士では子孫は作れない。現在は体外受精という手法があるので、どちらか一方の遺伝子を持つ子供を作ることは可能だが、ゲイの場合は女性の協力は必須だ。

「ゲイ遺伝子は存在する」と間違った報道がされたことがある。最近の研究では、同性愛者の一部に類似の変異を持つ遺伝子群があるらしいことがわかってきた。だが、そこに変異があるからといって必ずしもゲイになるわけではない。要するに、ゲイは遺伝するかもしれないけど、そうは言い切れない・・という曖昧な結果だ。

もしもゲイ遺伝子(群)なるものが存在したとすると、子孫を残せないので長い年月の間に淘汰されていてもおかしくない。一説によると、同性愛は昔から一定の割合で居たらしい。つまり、遺伝的な淘汰が起こってないのでゲイは遺伝しないと考えてもおかしくない。もちろん、同性愛的指向を隠して子孫を残し続けてたとするならば、遺伝しないと断定することもできない。

学術的な問題はさておき、自分自身のことを考えてみた。同性愛環境説を唱える研究者も多いらしいが、自分の場合は、物心ついたときから女性と遊ぶことが多く、女性よりも男性への興味が強かった記憶がある。ただ、自分を女性だと思ったり女性になりたいと思ったことは一度も無い。多分、その頃からゲイだったんだろう。環境が影響したというより、生まれつきゲイとしての素質があったように思う。このことは、もしかしたらゲイは劣性遺伝なのか。。。(劣性遺伝というと劣ってるイメージがあるが、優劣ではなくて条件が揃わないと表に現れない遺伝のことなので、潜在遺伝と言った方がいい)

全ての男は射精の快感を知っている。男同士でセックスするときも、その快感を求めてるわけだ。女性同士の場合、どういう快感がそこにあるのかは想像できないが、きっと男と同じような何らかのオーガズムを感じてるのだろう。男の主な性感帯は陰茎なので、それを刺激することでオーガズム、そして射精に達する。つまり、しごくか穴に入れる事で刺激を得て射精に至るのだ。😅

男同士の場合、陰茎と穴を両方持ってるので都合が良い(笑)。タチとウケがあるわけで、リバと言ってどちらの役もできる人も沢山いる。ある調べでは半数以上はウケで、タチは約2割とのことだ。俺はウケた方が圧倒的に多かったが、タチもやってたのでリバと言うことになるのだが、自分ではウケなのかな・・と思う。まぁ、タチと言っても何度か掘られた経験ある人は多いし、ウケでもタチった経験ある人も多い。タイでも色々と経験したが、相手によって使い分けるリバが多かったように思う。

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両方を経験した者として、俺の場合はウケをした時の方が快感が強かったと思う。神様がケツを使った男同士のセックスを想定してたのかどうかはわからないが、男にしかない前立腺は体内にある立派な性感帯だ。同じイク感覚でも、しごいたり掘ってイク時よりも次元の高い快感が得られるからだと勝手に思っている。正直、掘ってイクのは余り好きでは無い。いや、相手をイカせることに集中して、自分はイカないことの方が多かった。ケツを掘るくらいなら自分でしごいてイッタ方が気持ち良かったくらいだ。おそらく、純粋なタチはそうではないのだろう。😄

前の記事にトコロテン経験談を書いた。いつも出来た訳では無いが、掘られながらしごかれてイクより、トコロテンの方が数段気持ち良かったように思う。相性は重要だが、イキやすい体質の人も居るのかもしれない。某大都市で出会った超可愛いかった大学生はまさにそんな感じの子だった。

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性的な快感を味わうと、次はもっと気持ち良くなりたい・・と思うのは普通のことだと思う。だけど、普通はイク瞬間が一番気持ちいいわけで快感にレベルなんて無いのかもしれない。イク時の快感を何度も味わえれば気持ち良いんじゃないかな、そう言うのを経験してみたいと思ったことがある。

中学生の頃、オナニーをして一度イッタ後でも治まらないモノを触ってて、再び興奮してきてしごいてイッテたことがある。連続三回くらいはあったかな。イッタ後、しばらく時間をおいてまたオナるのとは違って、連続イキの場合は最初にイッタ時が一番気持ち良くて2回目以降は惰性的だったように思う。まぁ、それでも、ガキの頃は1日に何度もヤッタものだ。

30代前半の頃、セックスの快感を追求すべく(笑)ネットを調べまくった。そこで目にしたのが「ドライオーガズム」という言葉。射精を伴わないオーガズムで、要は射精せずにイッタ時の快感が得られるというものだ。射精しないので何度も連続してあの快感を味わえる・・と言うことで興味を持った。

ネットの情報掲示板にエネマグラ(アネロス)の紹介文があった。前立腺のマッサージをするおもちゃなのだが、それを使うとドライでイキやすくなると言うのだ。百均でも売ってそうなチャチなおもちゃだが値段は5,000円以上もしたのだが、いてもたってもいられない気持ちで注文して到着を待った。

気持ちを落ち着けリラックスしてからエネマグラをケツ穴に挿入し、仰向けになって全身の力を抜く。そして少しだけケツの筋肉を締めたり緩めたりしているうちに、多分、前立腺がマッサージされて気持ち良くなった。が、イクという感覚ではなかった。何度やっても同じ。慣れてくると気持ち良い感覚すら無くなったように思う。

合ドラを使うとドライでイキやすくなる・・という書き込みを見て、多少の罪悪感を抱きながら初めて購入した。こちらは効果覿面、全身が多幸感に溢れ気持ちがいい。何度かトライをしてたとき、いつものようにエネマグラを挿入して力を抜いて仰向けに寝ていると、掘られてる時に似た感覚をケツに覚えた。ケツ穴に意識を集中してゆっくりと締めたり緩めたりしていると、全身がぽーっと火照る感じがして気持ちが高ぶり、そして、ついに! 

バラ色の野原にマッパで寝っ転がってる感覚、ケツがヒクヒク動いてるのもわかる。目が回るような感じになり「イッタ」時の感覚を味わった。しごいてイク時は射精後すぐに興奮が冷めるのだが、その時はイッタ瞬間の快感がしばらく続いたように思う。満足感とグッタリした体の疲れを味わい、ゆっくりと目を開けた。なんと、俺の腹の上にたっぷりと精液が出ていた。ドライでも何でもない、単に “トコロテン” でイッタようなものだった。その後も何度か同じような快感を味わうことはできたが、毎回、濃いめの精液が腹の上にたっぷりと出ていた。

不思議だったのは、イク瞬間でもマラは勃起してなかったのだ。普通より膨張はしていたものの、ダラダラと白液が漏れてくる感じ。そして、イッタ後しばらくしてムクムクと自然に勃起してきた。小便を我慢してやっと開放された時のような感覚もあったかな。思えば、夢精に近い感覚だったのかもしれない。掘られてるときにマラをしごかれることなくイッタことはあるが、その時は勃起してたので、エネマグラでイッタ時とは明らかに異なる。

思うに、掘られて勃起して “トコロテン” したのは、精神的に興奮してイッタのではないかと。一方、エネマグラの時はカラダが快感を感じてイッタのかもしれない。そんなことを思いながら、両方が一緒になったらどうなるんだろう・・・(笑)多分、両方が同時にやってきても快感の度合いにはさほど差はない・・と思う。実際、淫乱旅館で掘られながらイッタとき、勃起してたこともあるし、してないこともあった。エネマグラでイッタ時のようにイッタあとでムクムクと勃起してきて、それを見ていた親父が驚いたこともある(恥)。まぁ、カラダの快感は合ドラによる所が大きくて、あとはその場の雰囲気でどれだけ興奮したかどうかなんだろう。快感という点だけでみると、差があったようには感じてない。😅

エネマグラ型の前立腺マッサージ用バイブを買ってみたことがある。これはもう、何というか、ケツの奥の方が気持ち良かったのは確かだが、興奮もしてないのにダラダラと白液があふれ出してきた。もちろん、イッタ時の快感などもほとんど全くなくて。。ちょっと拍子抜けで使うのを直ぐに止めた。

カラダが気持ち良いだけでイクより、やっぱり全身が興奮した状態でイク方が健全(?)な感じがする。子孫を残すためのツールであるならば、勃起してないと使い物にならないからな。😝

中学生の頃に初フェラ体験して以来、高校時代にゲイとしての快感に目覚めた俺はエロいことならなんでもやってきたように思う。もちろん、明らかに法に触れない範囲で。そういった意味では “極めた” とは言えないかもしれないが、根が小心者なので仕方がない。(笑)

大学に入った頃の体型は、172cm x 55kg くらいしかなくてガリガリだったと言ってもいい。それが今では15kg以上も増量してしまって昔の面影はなく、同窓会で何十年ぶりに会った友人から驚かれたものだ。40代半ばくらいまではスリム体型を維持してたのに。😭

ガッチリ型がモテ筋になってからも、スリ筋の需要はかなりあったように思う。ジムで鍛えれば肉つきがよくなると聞いて通ってた時期もあるが、俺の場合は余分な脂肪が筋肉に変わっただけで体型はむしろ引き締まってガッチリにはなれなかった。かと言って、腹筋がパキパキに割れることもなかった。

このブログを書きながら昔のことを断片的に思い出す。記憶の中でデフォルメされてしまったものもあるし、時期が前後することもある。パソコンを常用するようになってからは日記的に記録が残ってるものもある。だが、どれくらいの人と出会い、何回くらいエッチしたのか全部は思い出せない。まぁ、かなりの数になるのは間違いないところだが。ハッテン場に行ったり乱パに参加すると、一晩で10人近くとやることもあったからなぁ。そんな時は、ケツに何か入ってるような違和感が数日間続いたものだ。

ケミカルが麻薬指定される前までは結構な回数使ってた。それ無しでは楽しめなくなるんじゃないかと不安になるほどだったが、無ければ無くてもそこそこ楽しめた。キマって超淫乱になってても意識は正常だったから何をやったのかは記憶にある。キメて無くても同じ行為を思い出してやれば、気持ちだけは超淫乱になれたように思う。ただ、ケツの気持ち良さはケミカル抜きでは無理だと断言できる。と言って、また使いたいとは思わないが。

日本だけでは飽き足らずアジアにも良く行った。バンコクに始まりパタヤ、チェンマイ、クアラルンプール、シンガポール、香港、ソウル、上海、北京、台北に行った。中でもお気に入りはバンコクで、もう今は無い GSMサウナ、Orionサウナ、Adonis 2 サウナなどがお気に入りだった。雰囲気は日本と同じと言えば同じ、違うと言えば違う。お国柄もあってそれぞれ楽しめたように思う。まぁ、ああ言う場所で何をするかは国が変わっても何も変わらない。ただ、日本のように他に見られながら大部屋でヤルという習慣は余りなかったかな。もちろん、彼らも暗闇の中では派手に盛ってたわけだが。

恋愛感情を抱いて互いに付き合ってたと自覚できる相手は10人以上居たと思う。片思いで辛い思いをしたこともある。だが、一回限りの関係が圧倒的に多かった。正確には発展場などでヤッタ回数が圧倒的に多かったと書くべきだろう。なぜなら、同じ発展場で何度も会って複数回ヤッタ人も直ぐに思い出すだけで10人、いや、20人位は下らないから。10回以上ヤッタ相手も5,6人居る。そのうちの1人はバンコクのGSMサウナで会った人だ。国内では新宿ビジネスインと上野 ICHIJO で会った人かな。入り浸ってるつもりは無かったが、何故かその人とは何度も出会った。

発展場へは初めての人との出会いを期待して行く人が多いと思う。俺もその1人だったことは間違いない。にもかかわらず、同じ相手と何度もヤッタということは、エッチの相性が相当良かったと言ってもいい。それは相手から見てもそうだったのだろう。モノのサイズ、体位など、微妙なんだが急所を突いてくれて快楽に堕とされて行く感じが良かった。いずれも格好いい人では無い。まず自分からは手を出さないような「不細工」な相手だったから、恋愛感情を抱くことは1ミリも無くて、ただ掘られることだけに快感を感じ、満足していた。恋愛感情と淫乱さは俺の中では両立しないのかもしれない。

俺は自分のことをエロい人間だと思ってきたが、実際のところ他の人と比べるとどうなんだろう。もしかしたらゲイとしては普通なのかもしれない・・と思うことがある。発展場で知り合った人エロ体験話をしても、それが本当に全てなのかどうかわかったものじゃない。面と向かってはとても言えないようなエロいことをやってるのかもしれない。匿名性の高いこういう掲示板などでないと本当の事は話せないんじゃないかと思ったりしてる。

発展場では他人のエロ行為の一端を垣間見ることはできる。俺が見てもエロいなぁ・・と思ったのは、例えば、新宿ビジネスインだったと思うが、ケツを丸出しにして突き出し誰でもいいから不特定多数に掘ってもらおうとポーズを取ってた人とか。ただ、顔は布団で隠してたから躊躇するものがあったんだろう。ああいう姿を見て掘りたくなる人がいると思わなかったんだが、30分くらい経って行ってみるとしっかりやっててビックリしたことがある。

発展場は初めて会ったような身も知らずの人達とエッチするための場所。大半が一夜限りのセックスで、快楽だけを求めて不特定多数と関係を持つ。もちろん、中にはあわよくば・・と良い出会いを求める人もいるだろうけど第一の目的が性欲の発散なのは間違いないと思う。

数えたことは無いが、24会館や新宿ビジネスイン、陣屋、タイのゲイサウナなどの有料発展場には相当な回数行った。最盛期だった20代後半から40代初め頃の約15年間だけで、平均すると少なくとも毎月一回は行ってる。それだけでも単純計算で200回近くにもなる。多分、それより多いのは間違いない。

最初の頃は出会いを求めて・・と思ってた時期もあるが、所詮ゲイの出会いの場としての発展場はエッチするための場所。「選ぶダレ専」という言葉があるが、俺は正にその通りで、一応選択はするけど結局はエッチできるなら誰でもよかったと言って間違いない。同年代とヤルより親父系とヤル方が気持ち良かったので相手を見つけるのに困ることは無かったように思う。

真っ暗な部屋でどんな容姿かもわからない人とキメエッチしたこともあるし、部屋の真ん中で数名の親父に見られながらキモ親父に掘られたこともある。異常なまでに興奮を覚えて自分の中のエロが開花していったように思う。

【横浜のメタボ親父】
一つの節目は、以前にこのブログにも書いたが、横浜のメタボ親父に欺されて初めてキメられた時だ。ネットの投稿では「清潔感ある30代」って事だったので会いに行くのが楽しみだった。自宅に呼ばれて会うことにも何の抵抗もなかった。むしろ、デキることを期待していた。ところが玄関に現れたのは清潔感とはほど遠いボサッとした感じの髭ずらメタボ親父。部屋を間違えたのかと帰るところだったが、せっかく来てくれたのだからお茶だけでも・・と言われて、断れない俺は部屋に入った。

特に話をすることもなかったのだが、ネットの掲示板やパソコンの話をしたと思う。そして経験談のことなどを聞かれてるときに、媚薬って知ってるかと言われて「知らない」とこたえると「使ってみないか・・」と誘われた。話を聞いて興味あったので、少しなら・・・と言うことで飲むことになった。まぁ、その親父の罠にはまってしまったわけだ。要領の良さからすると、他にも被害者がいたに違いない。

30分くらいすると全身の力が抜けて立ち上がることもできない。同時に周りの音が頭の中を響き渡るように感じ、肌をさすられるだけでゾクゾクっとした。直感的にヤバいとは思ったが、もう時は遅し。抵抗する力も気力も無く、親父にされるがままになった。上半身を脱がされて乳首を抓られ、ベルトを取られて下半身も露出させられた。親父がソレにしゃぶりついてるのが不思議な感覚で見えた。

親父が俺に乗っかるようにして自分のモノを俺の顔に当てる。そして口の中に押し込む。最後は俺の両足を持ち上げてゆっくりと挿入した。俺はそれまでに感じたこと無いくらいの快感を味わい、親父に掘られるがままイッタ。媚薬は直ぐには切れなくて何時間も効果が持続した。俺はその日、何度も何度も親父のおもちゃにさせられたのだ。そして親父の横で寝てしまった。

目が覚めたのは夜9時頃、まだ全身の倦怠感と頭痛が残っていたが俺は無言のままシャワーを浴びて、足を少しふらつかせながら駅に向かって帰った。

自宅に帰り着くと後悔しかなかった。その時は、もう絶対に会うことは無いと思ってたんだが・・・。1週間位してケツの痛みと疼きが収まると、あの親父のことが脳裏をよぎった。そして1ヶ月後位に、来てたメールに返信した。「また会えますか?」と。

メールのログとカレンダーを調べてみたところ、その親父とはその後3回会ってた。回数を重ねる毎に後悔の念が強くなり、誘いのメールに返信するのを止めて関係が終わった。

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こんな感じの褐色の肌に憧れた時期があったなぁ
アジア放浪の旅の後はイイ線までいってたんだが。。😅

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