若専親父のエロエロ人生・思い出話

不細工な容姿のくせに若い男に目が無いオヤジです。いつの間にかゲイ歴約30年。これまでの体験談や思ったことを徒然なるまま、赤裸々に書いていきたい。同じような趣味趣向の同朋の方々、年齢不問で同時代を生きてきた方々、是非コメントの書き込みをお願いします。互いに思い出をシェアできると嬉しいです。

タグ:パタヤ

前記事からのつづき

二十歳と言ってたその子、体つきはまだ子供のままなんだが、大きな竜のタトゥーをしてたのには驚いた。笑顔が可愛くて愛嬌の良い子だったなぁ。覚えたてのマッサージを一生懸命やってくれてるのが伝わってきた。英語はほとんど通じなかったので身振り手振りと片言の単語で話をしたかな。

俺の硬くなったモノを指さして自分のケツに手を当ててニコッと微笑んだ。多分、エッチしたいのかと聞きたかったのだろう。俺が微笑むとコンドームを俺に被せて、その上から乗ってきた。痛さをこらえてるのか苦痛にゆがむ顔も可愛かった。なんか、俺は全然エロさを感じなくて、ただその子を抱きしめるだけだったような気がする。終わった後も丁寧に俺のカラダを洗ってくれて、時々俺の顔を見て微笑む。

ロビーに降りて俺はコーラを注文した。もちろん、その子の分も。ああいう場所も Go Go Bar などと同じシステムで、飲み物の注文を受けるといくらかのチップがボーイに渡るのだ。

マスターがやって来て『あの子、どうだった?』と聞いた。
俺が笑うと、『気に入ったみたいね、明日も来る?』との誘いに、俺は素直に頷いた。

翌日もまた昼過ぎ行ったのだが、今度はマッサージが目的じゃなくて、あの子に会えるのが嬉しかったかな。一通りのマッサージはやってもらったけど、もうエッチは無し。痛そうにしてたし、何だか可哀想に見えたから。終わった後、またコーラを一緒に飲んでるときに、俺が『明日もまた来るよ』と言うと、その子は少し困ったような顔をした。

理由は直ぐにわかった。一緒に田舎から出てきた友達もそのマッサージ店で働いていて、明日は友達の方を指名して欲しいと言うのだ。そして、俺をその友達に会わせた。指名されないと収入がほとんど無いのは Go Go Bar などと同じだ。その子も若いので可愛いと言えば可愛いが少しゴツゴツした感じの顔をしてた。

4連ちゃんともなるとマスターとも仲良くなって二人のことも色々と話してくれた。もちろん、その日は友達の方を指名してマッサージして貰ったのだが、タイ人にしては珍しく色白な肌で、痩せたカラダはすり合わせるときに少しゴツゴツしたかな 😅。そしてもう一つ注目点は、マスターが言ったとおり凄いモノを持ってた 😝。エッチはしなかったが、勃起したサイズはハンパない。どこまでデカくなるのかとビックリしたほどだ。

マスターも話するとほんとに気さくでいい人だった。『あの子達と今夜一緒に食事できるか』と聞くと一瞬困った顔をしたけど、『今日は9時までだから、その後、あの子達がOKしたらいいんじゃないか』と。俺はマスターに100THB札を手渡しながら聞いてくれるようお願いした。マスターはニコッと微笑んだ。

パタヤ最後の夜はその子達と一緒に食事に出た。Boys Town 近くの屋台のようなレストランが評判いいので行ってみたいと言う。注文は彼らに任せて色んな物を食べたなぁ。缶ビールも2,3缶ずつ飲んだのに料金は 1,000THB程度で、とにかく安かった。ホテル近くまで送ってくれて、別れるときは少し涙が出た。それは彼らも同じだったような気がする。

一年以上が経ってから俺はまたパタヤに行ったが、その子達はもうマッサージを辞めてた。ああいうカラダを使う職業は長続きするものじゃない。ふと、ショッピングモール隣の通りで姉さんが洋品店をやってると言ってたのを思いだした。場所も定かではなかったが俺はふらふらと心当たりの場所を歩いてる時だった。なんと、あの子が俺を見つけて笑顔で走りよってきたのだ。嬉しかったね。

友達はもう田舎に帰り、今は姉さんの店を手伝ってると言ってた。たった1年ちょっとの間にに随分と大人びた顔になってたし、英語もかなり上達してる。彼はゲイなのだが、マッサージの仕事は自分には合わなかったそうだ。パタヤは西洋人のゲイが多く集まってた場所。そういう客を相手するのが辛かった・・・と。何となく想像が付いた。ゲイだからこそ余計に辛かったのかもしれない。

その子は姉さんに了解を取った上で、その後、俺に付き合ってくれた。ロイヤルガーデンプラザのゲームセンターに行った。ゲームをして遊ぶ姿はやっぱり二十歳そこそこの子供だったなぁ。浜辺沿いの通りを歩いてローカルレストランで食事をした。そして俺が泊まってたホテルに誘うと黙って着いてきた。

ぎゅっと抱きしめると抱き返してきた。二人でシャワーを浴びる。そして裸のままベッドに倒れ込んだ。

初めてやった時は苦痛に顔をゆがめてるように見えたのに、その時は俺を体の中から感じて喜んでるように見えた。俺がその子の中で最後を迎えると、その子も果てた。しばらくの間、俺はその子を抱いたままでいた。11時を回る頃、その子は帰って行ったが、翌日の朝にまた会いたいと言う。

朝、待ち合わせの店で待ってると、その子が来た。姉の店が開くまでの僅かな時間だったが、一緒に居ることが嬉しかった。そして、その子は俺に紙袋を手渡した。中には、その子が彫ったという木彫り細工が入ってた。その置物は今もまだ大事に持っている。

バンコクに帰りのバスの中で涙が出た。あの子と別れるのが辛くてそのままタイに住みたいとも思った。帰国後もあの子を思い出す日々が続いた。でも、次回パタヤに行けたのは数年後。その時には姉さんの店があった辺りは綺麗に整備されていて跡形も残ってなかった。


この一枚は、あの子の思い出の写真

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何も決めずに気が向くままに生活する自由で開放的な環境は最高だった。今思うと、それまでの自分を捨てるように、日本では出来なかったことをやったと言っても良いかもしれない。真面目で大人しかった中学・高校時代の俺、それを引きずりながら30代になってしまった。大学に入ってから密かにゲイ活動を始めたのも行動の一つだったんだろうけど、まだまだ違う自分になりたかったのだと思う。

バンコクからバスで2時間ほど、歓楽街とビーチで知られるパタヤに行った。以前にも一度行ったことがあったので雰囲気は良くわかってる。あの時は Boys Town 近くにホテルを取ったこともあり、ビーチに居るときに昼間から西洋人にナンパされたことがある。今度は Boys Town から歩いて15分以上かかる場所の安宿に泊まった。ノンケ西洋人が多く泊まってるエリアで、パタヤの別の顔を見たような気がした。

パタヤに行った目的はビーチで思いっきり肌を焼きたかったから。ココナッツの香りがする日焼けオイルを全身に塗りたくって炎天下の砂浜に寝っ転がるのだ。10月と言うのに日差しは強くて肌がピリピリした。それでも、海の音を聴きながら小さな海パン一枚で炎天下寝るのは気持ち良かった。ああいう場所だと人目を気にすることもないからな。

ソーテウでジョムティエンビーチにも行った。あそこはお仲間さんも沢山居たので更に大胆になれた。知り合ったタイ人の子達と食事に行ったり、声をかけてきて仲良くなったリタイア西洋人に夕食をご馳走になったり楽しかったなぁ。当時のパタヤにはゲイサウナもなかったので、唯一エロしたのはメンズマッサージ。ネットの情報を頼りに Boys Town ではなくて Day Night Plaza のマッサージに行ってみた。

店に入るとボーイ達が一斉に俺の前に並ぶ。そして、マスターが来て俺の好みを聞くわけだ。迷ってたらマスターに色黒で筋肉質な青年を薦められた。

『あの子は雑誌のモデルもやってるの。週に何度かしか来ないのに、アナタはラッキーね』 みたいな事を言われて成り行きに任せた。確かに均整の取れた体に精悍な顔つきをしてたかな。マッサージ台の上でうつ伏せになる。足下から徐々に揉まれてカラダ全体にオイルを塗りたくると、今度は俺の上に乗っかって自分のカラダを使ってスリスリする。仰向けにされて、その後も・・特にアノ部分を中心にマッサージ。そしてボーイは履いてた短パンを脱いで俺の上に。あれ? 何とも均整取れてないモノを見てしまったのだ。あの見た目でアレはちょっと可哀想・・と思えるくらい、要するに粗チンだった。

マスターに欺されたような気になった 😝。そう言う行為も全く無かった。まぁ、アレだと入れられてもねぇ。バンコクの V-Club に行ったときはカラダの中まで満足したのに、・・・ 😆

欲求不満のまま終わったのだが、お茶を飲んでる時に可愛らしい子が前を横切った。マスターに聞くと、『あの子はまだ入ったばかりだから上手くないわよ』と言われたが、さっきの青年より全然マシじゃないかと俺は思った。それで、翌日、その子を予約した。
(つづく)


今日の一枚はこちら
タイ人っぽくないけど、可愛いと思いませんか?
バンコクの路上で写真集を見つけて、思わず買ってしまいました。
モロ出し画像をネットで見つけたときは思わず興奮。


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